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日本で急増した「うつ病」は海外から輸入されていた!?【産業医が書いた一冊】

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はじめに

 

うつ病や双極性障害Ⅱ型の診断と治療、そして企業のメンタル対策について疑問を抱いていたとき、この本に出会いました。

  

 あなたは“うつ”ではありません(ベスト新書)/山田博規

 

衝撃的なタイトルですが、産業医としてさまざまな企業でメンタル休職者と会ってきた内科医の筆者が、精神科医療について客観的な視点で問題に切り込んだ本です。私の課題認識を、より医学的に掘り下げて書いてくださったような内容で、とても参考になりました。

 

今回は、日本での「うつ病」の増加とそのきっかけについて、自身の経験を振り返りながらまとめてみたいと思います。

 

 

製薬会社によって輸入された「うつ病」

 

初めての「うつ病」診断とSSRI

私が初めて休職に入ったのは、2004年のことでした。昼間、テレビからは「うつは心の風邪です」という製薬会社のCMが盛んに流れていました。「そうか、うつ病を患っているのは自分だけじゃないんだ」と心強く感じたものです。

 

初めて処方された薬は、SSRIのパキシルでした。眠気や頭痛といった副作用があった気がしますが、薬が効いたのか徐々に症状が改善されていきました。当初は笑うこともなく、食欲もなくげっそり痩せて、わけもなく泣いていた記憶があります。数ヶ月が過ぎると、受けつけられなくなっていたラベンダーの香りをいい香りだと感じられるようになり、癒しを求めるかのようにアロマセラピーやリフレクソロジーの勉強を始めました。それが私にとってのリハビリでした。その頃から規則正しい生活が送れるようになり、前向きな気持ちが出てきます。その後、「働きたい」と強く思うようになり、7ヶ月の休職を経て復職しました。

 

DSMの操作的診断(複数のチェック項目の中で、患者が訴える症状がいくつ、どの程度当てはまるかで診断するもの)により、初診で簡単に「うつ病」と診断されたわけですが、時々、本当に「うつ病」だったのだろうかと思うことがあります。症状がよくなったのは薬のおかげなのか、時間と休養が解決してくれたのかは、知る由もありません。

 

製薬会社のマーケティング戦略で増加

日本でSSRIが販売されたのは、1999年のデプロメールが初めてです。続いて2000年にパキシルが販売されました。「うつは心の風邪」は、その頃、製薬会社のグラクソ・スミスクライン(以下GSK社)が広めたキャッチフレーズだったのです。

 

それまで、日本ではうつ病はそれほどメジャーな病気ではなかったように思います。うつ病が一般的な病気になったのは、「うつは心の風邪」キャンペーン以降です。うつ病の流行と製薬会社の関係について注目するようになったきっかけは、人材サービス会社に勤めていた私が復職したとき、製薬会社のMR求人の急増を目の当たりにしたことでした。高収入な上に、当時の要件は大卒以上で研修さえ受ければ誰でもなれるというもの。そんなに人が足りないのかと驚いたので、強く印象に残っています。

 

気軽に精神科・心療内科を受診し、DSMに則って「うつ病」と診断されることで抗うつ薬が処方され、効いているのかはっきりわからないけれども製薬会社は潤う。その時期に受診することになったのは偶然でしたが、私も製薬会社のマーケティング戦略に乗っかってしまった一人なのかもしれません。

 

DSMとSSRIの関係

  

「うつ病」の基準を広げ、患者を増やしたDSM

DSMは、アメリカ精神医学会が出版している「精神障害の診断と統計マニュアル」です。現在、DSM-5が世界中で診断基準として使われています。日本には1982年にDSM-Ⅲ(第3版)が入ってきましたが、日本の精神科医はそれを精神疾患の診断基準として認めていなかったそうです。

 

当時の日本の主流は、ドイツ流の精神病理学に基づいた「従来型診断」でした。従来型診断では、患者の気分の落ち込みが精神疾患に該当するか否かを厳密に鑑別する努力がなされていました。ただ、それには医師の経験がものをいい、若い医師には難しかったり、医師によって診断が異なることもあるという点などから、DSMが受け入れられるようになったようです。

 

私が知っていたのはここまででしたが、なんとそのDSMが日本で本格的に普及する大きなきっかけをつくったのも、GSK社だったのです。GSK社は、2000年10月に京都で有識者を招いて会議を開き、それをもとにパキシルを売り込むマーケティング戦略を立てたのだそうです。会議に招かれたのは、欧米や日本の精神科医のオピニオンリーダーに当たる方々。「日本ではうつ病の認知度が低いことから適切な治療が受けられていない。もっとうつ病の認知度を高め、診断を支援していくべきだ」という結論に至ったのだとか。その後、GSK社のMRは、全国各地の精神科を週2回のペースで訪問し、DSMによるうつ病の早期発見と、SSRIによる早期治療が世界標準の精神医療であるという認識を広めていったといいます。

 

うつ病は、それを簡単に診断できるDSMと、その有効な治療薬とされるSSRIと一緒に輸入され、増加の一途をたどっています。SSRIに本当に治療効果があるのであれば、患者数はもっと少なくてもよいのではないかと思いますが、SSRIが日本に入ってきてから、2012年の時点でうつ病の患者数は約3倍になっています。

 

「内因性うつ病」にしか効かないSSRI

「本当のうつ病」という表現を耳にすることがあるかもしれませんが、それはDSMが日本に入ってくる前のうつ病のことで、「内因性うつ病」「従来型のうつ病」と呼ばれたりしています。

ドイツ流の精神病理学に基づくうつ病の分類

  • 心因性:激しい気分の落ち込み(うつ状態・抑うつ反応)が本人の性格やストレス環境に由来するもの
  • 外因性:体の病気に由来するもの
  • 内因性:それ以外のもの(はっきりした原因は不明だが、遺伝・身体レベルの何らかの障害に由来すると仮定されたもの)

このうち、「うつ病」と見なされていたのは「内因性」だけです。人間関係や仕事の悩みなど、原因がクリアなときの気分の落ち込みや意欲の低下は、「うつ病」とは区別されていました。それがDSMの普及によって、その診断基準が広げられ、山田氏の言う「人生の悩みによる落ち込み」も、「うつ病」など病気として扱われるようになったのです。

 

「本当のうつ病」には抗うつ薬が有効とされていますが、「人生の悩みによる落ち込み」は薬では治りません。それが、うつ病患者が増える一方で、なかなか減らない理由の一つだと思われます。

 

「内因性うつ病」ではない場合、薬だけに頼るのではなく、根本的な問題解決が必要になります。例えば、仕事での環境的な問題が原因であれば、職場で環境調整を行うか、難しければ転職するなどの選択肢があります。また、体調を崩す前に相談し、上手く対処することができれば、病気と診断されることも、薬物治療を行うことも必要ないかもしれません。

 

おわりに

 

今回は、うつ病の認知度が上がり、患者数が増えた背景について、山田博規氏の著書「あなたは“うつ”ではありません」を参考にさせていただきながらまとめてみました。

 

自分の“うつ”が、従来型のものであるかどうかを認識することは、目の前の状況に対する解決策を見つけるための第一歩になるのではないかと思います。

 

DSMによる過剰診断も、世界的に問題視され始めているようです。私たちも、精神科医療を過信したり、振り回されたりすることなく、自分の状態を冷静に見つめ、自分でできることを探して取り組んでいくことが必要なのかもしれません。

 

※抗うつ薬を急にやめると離脱症状が出ることがあります。減薬したい場合は、必ず医師に相談するようにしてください。